「ヤンヤン 夏の想い出」

ストーリー&解説

【INTRODUCTION】

 現代の台北を舞台に、都市に住む人々の現実と彼らが直面する問題をみずみずしく、リアルに描いてきた監督エドワード・ヤン。「恐怖分子」(86)「クーリンチェ少年殺人事件」(91)「エドワード・ヤンの恋愛時代」(94)「カップルズ」(95)と、常に台湾の若い作家たちをリードし、アジアン・シネマ・ムーブメントの先駆者と称される彼の、集大成ともいえる傑作が登場した。

 小学生のヤンヤンを取り囲む、老いた祖母と両親、そして姉という三つの世代の人々の心を深く静かにあぶり出すこの作品は、見る者をおだやかな感動で包み込む。そして、見終わったときには、そっと目から涙が零れ落ちてくる。そのとき、私たちは気づくはずだ。殺伐としていた自分の心がこの映画によって癒され、砂漠に水が浸みわたるように潤いを取り戻していることを……。

 2000年5月、新ミレニアムの幕を切って開かれた第53回カンヌ映画祭に出品されたこの作品は、みごと監督賞を受賞。世界中のジャーナリストは透き通るような美しさに魅了されるとともに、涙を浮かべ、そして絶賛の嵐をよせた。既に、アメリカ、フランス、イタリアをはじめ世界中での公開が決まっており、この映画で監督は"世界のエドワード・ヤン"へと大きく飛躍したのである。

 ヤンヤンは、優しい祖母、友人と共にコンピューター会社を経営する父NJ(ルビ:エヌジェイ)、母ミンミン、そして高校生の姉ティンティンの5人家族で台北の洒落たマンションに住んでいる。一家は典型的な中流家庭であり、何不自由なく暮らしている。ところが、母の弟アディの結婚式の日から一家に様々なトラブルが起こり始める。

 祖母は脳卒中で昏睡状態に陥り、叔父の元恋人が式場に乗り込んできて三角関係が発覚し、父は偶然初恋の女性に出くわしてしまう。祖母の入院のために、母は精神不安定になって新興宗教に救いを求め、姉は隣家の少女のボーイフレンドと交際を始める。そして、ヤンヤンにも幼い恋心が芽生えようとしていた。

 私たちの身の回りに存在する、ごく日常的な人生の出来事。若くても、年老いていても、人は問題を抱え、自分と向き合う過程は同じであり、それはとても難しい事なのだ。監督は、ヤンヤンが人の背中の写真を撮る行為を象徴的に描く事により、人には見えない、もう一つの側面を切りとって見せている。

 監督がこの映画のアイデアを思いついたのは12年も前のこと。しかし、本人も認めるように、この作品には歳を重ねて50代になったエドワード・ヤンだからこそ語れる人生の機微が感じられる。静かにゆったりと、対象に適度な距離を保ちつつ、人肌の温もりをもってみつめる人の心。毎朝目を覚ます度に、新しい経験をするヤンヤンには私たちの原点を注ぎ込み、不惑の年を過ぎてなお人生をやり直そうと考えるNJ=中年世代の悲哀を色濃くにじませながら、どの世代にも向ける共感とやさしさ。リアルに"今"を捉えた映像世界の中に、登場人物たちの息づかいと胸の鼓動が聞こえてくる。そこには迷いながらも、恥ずかしくてもたった一度の人生を愛おしむ監督のまなざしがある。それが、じわじわと私たちの心に染み入り、知らぬ間に涙が頬を伝うゆえんなのだ。

 監督は「この映画を見終わった観客に、”一人の映画監督”に出会ったというより、”ただの友だち”と一緒にいたかのような気分を味わってほしい」と語っている。確かにこの映画にはそんな自然さと、親密な空気が流れている。これは世界のどこの都市もが抱えている現代社会の縮図であると同時に、「人生と向き合い、いかに新しい経験を生きていくことが重要なのだ」という21世紀へ向けた監督のメッセージなのである。

 映画の製作過程で最も大変だったのはキャスティングだという。ただ一人、脚本段階から決定していたのがNJ役のウー・ニエンジェン。監督は自作「海辺の一日」(フェスティバル上映)やホウ・シャオシェンの「恋恋風塵」(87)「悲情城市」(89)「戯夢人生」(93)などの優れた脚本家であり、「多桑/父さん」(94)の監督、テレビ番組の司会者でもある彼を"台湾屈指の俳優"と評価し、前作「カップルズ」でのエキセントリックなヤクザ役に続いて起用した。そんな監督の期待に応えて、ニエンジェンは見事に抑制された演技を見せてくれる。妻ミンミンを演じるのは「宗家の三姉妹」(97)「The Island Tale」(2000)のエレン・ジン。他作品の撮影中ということで一度は監督を落胆させたが、その後運良くスケジュールが合って出演できることになった。そして、最も苦労したのはティンティンとヤンヤンに扮する子役たち。まず、新人を発掘するためのワークショップを開設し、そこでみつけたズバ抜けた才能の持ち主ケリー・リーとジョナサン・チャンの年齢に合わせて脚本が書き直された。また、NJの人生観に大きな影響を与える日本人ゲーム・プログラマー大田の役で、イッセー尾形が誠実で滋味あふれるいい味を出しているのも見逃せない。

 フィックスを主体とした落ち着いて悠々たる映像は、「海辺の一日」でクリストファー・ドイルのアシスタントにつき、「タイペイ・ストーリー」(フェスティバル上映)で撮影監督を務めたヤン・ウェイハン。照明のリー・ロンユー、編集のチェン・ボーウェンも「クーリンチェ少年殺人事件」以降、監督と組んでいる気心の知れたスタッフだ。「私をスキーに連れてって」(87)「病院へ行こう」(90)「スワロウテイル」(96)「リング」(98)など多くの話題作、ヒット作を送り出してきた河井真也と、ポニーキャニオンの附田斉子がプロデュースに当たり、ロケは台湾と日本で行われた。スタッフ、キャストとも両国より参加した日・台合作映画である。